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タール様物質による疾病の認定基準について

基発第640号
昭和57年9月27日
都道府県労働基準局長 殿
労働省労働基準局長

タール様物質による疾病の認定基準について

 標記について、今般、下記のとおり定めたので、タール様物質にばく露する作業に従事した労働者に発
症した疾病については、今後、これより処理されたい。
 なお、本通達は「タール様物質とがんの検討に関する専門家会議」において、先般取りまとめられた結
論を参考として定めたものである。
 おって、本通達の解説部分は、認定基準の細目を示したものであるから、本文と一体のものとして取り
扱われるべきものである。
第1.がんについて
 1 肺がん
  (1) 製鉄用コークス又は製鉄用発生炉ガスを製造する工程における業務のうち、コークス炉上若し
   くはコークス炉側又はガス発生炉上において行う業務に従事した労働者に発症した肺がんであって、
   次のイ及びロのいずれの要件をも満たすものは、労働基準法施行規則別表第1の2(以下「別表第1の
   2」という。)第7号17に該当する疾病として取り扱うこと。
   イ 上記の業務に5年以上従事した労働者に発症したものであること。
   ロ 原発性のものであること。
  (2) 上記(1)の業務の従事歴が5年未満の労働者又は上記(1)の業務以外の業務であって、その作業
   条件(炉の型式、炉温、タール様物質の気中濃度、作業従事歴等)からみて、上記(1)の業務に匹敵
   するようなタール様物質へのばく露が認められるものに従事した労働者に発症した原発性の肺がん
   については、当分の間、関係資料を添えて本省にりん伺すること。
 2 皮膚がん
   タール様物質にばく露する業務に従事した労働者に発症した皮膚がんであって、次のイ及びロのい
  ずれの要件をも満たすものは、別表第1の2第7号21に該当する疾病として取り扱うこと。ただし、皮
  膚がんについては、その発症とタール様物質へのばく露との関連について専門的検討を加える必要が
  あるので、当分の間、作業内容、従事期間、ばく露した物質の種類、タール様物質へのばく露の程度、
  日光へのばく露の程度、症状(病理組織学的検査等による皮膚の所見を含む。)等を調査のうえ本省に
  りん伺すること。
  イ タール様物質にばく露する業務に相当期間従事した労働者に発症したものであること。
  ロ 皮膚に原発した上皮性のものであること。
第2.皮膚がん以外の皮膚障害について
  タール様物質にばく露する業務に相当期間従事した労働者に発症した次の皮膚障害で、医学上療養を
 必要とすると認められ、かつ、それが当該業務以外の原因によるものでないと判断されるものについて
 は、別表第1の2第4号3に該当する疾病として取り扱うこと。
 イ 接触皮膚炎
 ロ 光過敏性皮膚炎
 ハ 皮膚色素異常
 ニ ざ瘡様皮疹
 ホ 限局性毛細血管拡張症
 ヘ 腫瘍性病変(悪性腫瘍を除く。)
   (解説)
 1 タール様物質について
   「タール」とは、本来、石炭、木材等の固状有機物質を乾留する際に生じる褐色ないし黒色の粘稠
  性液体をいうが、この認定基準においては、コールタール、木タール、石油タール様物質(石油又は
  その留分である軽油、ナフサ等を熱分解し、これを蒸留したときに残油として得られる黄褐色ないし
  黒色の粘稠性液体)、コールタールピッチ、石油ピッチ(アスファルト)等を「タール様物質」と総称
  する。このタール様物質は、多環式芳香族炭化水素を多種類含有する混合物である。
 2 タール様物質にばく露する作業場について
  (1) 労働者がタール様物質にばく露する作業場は、タール様物質の発生を伴う作業場、タール様物
   質を製造し若しくは加工する作業場又はタール様物質若しくはその加工品を使用する作業場に大別
   することができる。タール様物質の発生を伴う主な作業場としては、コークス炉及びガス発生炉
   (ただし、現在、我が国においてはガス発生炉は使われていない。)があり、タール様物質を製造し
   又は加工する作業場としては、タール蒸留所、タール加工工場等がある。また、タール様物質又は
   その加工品を使用する作業場には、種々のものがあり、その主なものとして、ピッチコークス製造
   工場、アルミニウム精錬工場、電極製造工場、カーボンブラック製造工場、鋳物砂を配合する鋳物
   工場、鋼管等の防蝕塗装、木材防腐、屋根等の防水・防蝕塗装、船舶塗装、道路舗装等を行う作業
   場、耐火煉瓦製造工場、煉炭製造工場、コークス原料炭製造工場等がある。このうち、高濃度のタ
   ール様物質にばく露する作業場としては、コークス炉、ガス発生炉、ピッチコークス炉、アルミニ
   ウム精錬工場等がある。
  (2) コークス炉作業であっても炉上作業とそれ以外の作業とでは、タール様物質にばく露する程度
   が異なるように、同一作業場でも職種により、また、作業環境の改善等により、そのばく露量が異
   なることから、作業内容、作業従事時期等の詳細な検討が必要である。
 3 がんについて
  (1) がんの量―反応関係
   イ タール様物質による肺がん発症の超過危険度(excess risk)は、製鉄用コークス又は製鉄用発
    生炉ガスを製造する業務のうち、①コークス炉上作業又はガス発生炉上作業、②コークス炉上及
    び同炉側の両方で行う作業、③コークス炉側作業の順で高く、また、作業従事年数については、
    5年以上の者に危険度が高いことが認められている。
     このことから、タール様物質へのばく露と肺がん発症との間には量―反応関係の存在が推定さ
    れている。
   ロ 皮膚がんの発症について、その量―反応関係を示すことは現段階では困難である。
  (2) 肺がん
   イ 肺がんについては、原発性のものであることが必要であるので、原発性のものであるか、転移
    性のものであるかの鑑別に留意しなければならない。
   ロ タール様物質による肺がんについては、その臨床像及び組織所見に関して、非職業性の肺がん
    との間に差異を見い出せない。ただし、ガス斑が存在する皮膚の所見は、タール様物質へのばく
    露を裏付けるよい指標となるものである。
  (3) 皮膚がん
   イ 皮膚がんが発症するおそれのある主な作業場としては、タール蒸留所、煉炭製造工場、コーク
    スガス製造工場等がある。
   ロ 皮膚がんは、病理組織学的には、棘細胞がんが多いが、ボーエン病の組織型もあり、また、ま
    れには基底細胞がんもみられることがある。その発症部位は、作業工程、取扱い物質の性状、作
    業衣の汚染の状態、労働者の生活習慣等にも関係するが、一般に顔面、頸部、上肢(特に前腕)及
    び陰のうに好発し、当該部位にはタール様物質による多様な皮膚病変が共存することが多い。
   ハ 皮膚がんの発症に影響を与える要因としては、気中のタール様物質の濃度、ばく露期間、皮膚
    露出の状態、作業衣の汚染の状態、タール様物質の直接取扱い量、日光へのばく露の程度等が挙
    げられる。
   ニ 性、年齢、人種等の生理的素因、遺伝的素因等も皮膚がんの発症に影響を与えるほか、熱傷瘢
    痕等の先行性病変上に皮膚がんが発症することも多い。
 4 皮膚がん以外の皮膚障害について
   タール様物質にばく露した労働者の皮膚病変には、接触皮膚炎、光過敏性皮膚炎等の急性又は慢性
  の炎症性病変、黒皮症等の皮膚色素異常、毛包炎、ざ瘡等の毛包脂腺系の病変、皮膚毛細血管の病変
  等のほか、腫瘍性病変がある。タール様物質への長期間にわたる反覆ばく露によって、これらの皮膚
  病変が共存し又は消長しつつ、皮膚萎縮、網状色素沈着又は色素脱失、毛細血管拡張、角化等を伴い、
  多彩な特徴ある皮膚症状を呈するようになる。また長期間のばく露によっては、疣贅(ゆうぜい)の発
  症をみることがある。
  (1) 接触皮膚炎
   イ タール様物質は、一次刺激性の接触皮膚炎を、また、まれにはアレルギー性の接触皮膚炎を起
    こすことがある。
   ロ 接触皮膚斑の臨床所見は、紅斑、腫脹及び水疱を主とする。病理組織学的所見としては、表皮、
    特に表皮有棘層の細胞間浮腫又は細胞内浮腫がみられ、時に水疱形成をみるに至り、真皮上層又
    は乳頭下の血管の拡張が認められる。真皮層には好中球又はリンパ球の浸潤がみられる。
   ハ 慢性の接触皮膚炎では、表皮が肥厚し、表皮突起が肥大延長したアカントーシスの所見がみら
    れる。また、若干の微少な水疱の形成が亜急性期にみられることがあるが、慢性の病変ではこれ
    を欠くことが多い。真皮層上部には、リンパ球が多く、組織球、好酸球等が認められることがあ
    るが、これらの浸潤は、一般に血管周囲に著明である。さらに、毛細血管の数が増加し、小動脈
    壁はしばしば肥厚している。
  (2) 光過敏性皮膚炎
   イ アントラセン、アクリジン等光化学的活性物質を組成分に持つタール様物質にばく露した労働
    者の皮膚は、日光の照射により光過敏性皮膚炎を来たす。その発生機序は、主として光毒性反応
    と考えられる。
   ロ 光過敏性皮膚炎の症状としては、日光の照射部位の灼熱感、紅斑又は腫脹がみられ、はなはだ
    しい場合には、水疱の形成等がみられる。日光の照射から離脱すれば、症状は数日で消退し、表
    皮剥脱、落屑等を経て治ゆする。しかし、多くは同様の症状を反覆し、次第に皮膚メラニンの増
    生を伴い、炎症の消退後にも色素沈着が残る。
   ハ 病理組織学的所見は、接触皮膚炎のそれと同様であり、所見上両者の鑑別は困難である。ただ、
    光過敏性皮膚炎の発症部位は、顔面、手、頸部、背部等の日光の照射を受ける程度が高い露出部
    位に著明である。また、皮膚のみならず、眼の結膜・角膜に色素沈着や炎症をみることがある。
  (3) 皮膚色素異常
   イ 日光による皮膚の紅斑は、タール様物質の光力学的活性物質によって皮膚が増感されて著明と
    なるものであるが、タール様物質による皮膚色素沈着は、顔面、頸部、上腕等露出部位の日焼け
    様の急性色素沈着と皮膚の斑状の毛細血管拡張、角化、ざ瘡様皮疹、多形皮膚異常症等に伴う慢
    性色素沈着とに大別される。
   ロ 日光が角質層、メラニン顆粒を持つ有棘層及び基底層を透過して真皮に達すると、日光による
    皮膚障害が発生するが、タール様物質による黒皮症は、日光の反覆作用を受けることにより、表
    皮の角質は更に肥厚し、メラニン増生が著明となり、びまん性の色素沈着をきたした特徴ある病
    像を呈するものをいい、ばく露開始後5〜6年で発症する例が多い。
     更に皮膚障害が強いときは、メラノサイトがメラニン生合成を中止し又は細胞が破壊されて、
    点状白斑(色素脱失)をみることがある。
  (4) ざ瘡様皮疹
   イ タール様物質は、毛孔を閉塞し、その結果、毛包角化、毛包炎又は面皰を形成し、一部は皮脂
    に溶けて脂腺を刺激し、ざ瘡を形成するが、時には、毛包のう腫又は粉瘤がみられることがある。
    これらざ瘡様皮疹は、ばく露開始後1ヵ月以上経って発症するが、その発症部位は、ばく露条件
    及び皮膚の脂腺の分布と関連し、顔面、頸部、胸部、背部等に多く、また、陰のうにもしばしば
    認められる。
   ロ 病理組織学的には、毛孔の角栓、角質の増殖肥厚又は毛包脂腺の腫大拡張若しくは萎縮がみら
    れるが、毛包周囲又は真皮層の円形細胞浸潤等炎症性反応の所見は比較的少ない。
  (5) 限局性毛細血管拡張症
   イ タール様物質の高温分留物の蒸気に反覆ばく露した労働者の上肘、頸部、胸部、背部等に撒布
    性に発症するバラ疹様の皮疹がみられることがある。これが、通称「ガス斑」といわれる限局毛
    細血管拡張症で、ばく露開始後おおむね5年で発症する例が多い。
   ロ この限局性毛細血管拡張症は、豌豆大まれに雀卵大の大小不同、不整形の境界明瞭なバラ疹様
    の皮疹であり、一般に皮膚面から隆起せず、硝子圧によって退色し、自覚的苦痛を認めない。拡
    大鏡によって周辺の密な毛細血管拡張像が観察されることが多いが、肝硬変等にしばしばみられ
    るクモ状血管腫とは異なり、その配列は放射状ではなく、中心の紅点もみられない。また、高熱
    作業によって起こる顔面(特に頬部及び眉間)頸部、前胸部等における肝斑様のび慢性毛細血管拡
    張が併存することもある。
   ハ 病理組織学的には、表皮乳頭層、特に毛包脂腺の周囲に毛細血管の著明な拡張及び新生並びに
    軽度の細胞浸潤が認められるが、その程度は、初期には血管拡張を主変化とし、晩期には毛包脂
    腺の萎縮が著明になる等症期によって異なる。
  (6) 腫瘍性病変(悪性腫瘍を除く。)
   イ ばく露開始後約1年以上を経て、乳頭腫を手背、前腕、顔面、頸部、陰のう等にみることがあ
    るが、これには尋常性疣贅と同様な形状のものから、鼻周辺に好発する円錐形ないし半円形に隆
    起してやや硬い典型的なピッチ疣贅と称せられる疣贅、顔、特に眼瞼等に好発する軟らかい乳頭
    腫等種々の形態のものがある。
   ロ タール様物質へのばく露によるピッチ疣贅とは、病理学的にはケラトアカントーマである。こ
    れは、顔面、特に眼、鼻周囲、耳、手背等に小丘疹として発し、急速に大きくなるが、大きさは
    ほぼ2cm以下で、中央が陥凹し、表面が角化した腫瘍である。組織学的には異常角化もあって棘
    細胞がんと鑑別を要することも多い。しばしば自然退縮し、予後がよいので、一般的には良性腫
    瘍に入れられる。