職場の喫煙対策事例 安全衛生情報センターへ
第3章 事業場の禁煙を行うための工夫及び留意事項
能動喫煙が健康に悪いことは科学的に証明されており、また、受動喫煙であっても健康上の様々なリスクが上昇するという多くの疫学的な報告がなされている。受動喫煙を防止し、禁煙希望者を増やす効果が得られる施設の禁煙化を推進し、さらに、喫煙場所の維持管理に必要な費用を禁煙サポートに用いることは、予防医学・産業保健という観点からは望ましい施策であろう。(Doll. R. British Medical Journal. 2004, 328, 1519)
 
図3-1 喫煙による寿命の短縮(英国人医師50年間の追跡調査結果)
図3-1 喫煙による寿命の短縮(英国人医師50年間の追跡調査結果)
 
図3-2 家庭内および職場における受動喫煙による肺がんリスクの上昇
図3-2 家庭内および職場における受動喫煙による肺がんリスクの上昇
(Hirayama T. British Medical Journal. 1981, 282, 183-185.  Fontham, ETH. JAMA. 1994, 271, 1752-1759. )
 
事業場で屋内の喫煙場所を撤去して禁煙化することは、非喫煙者における受動喫煙を防止する対策として最も優れている上に、喫煙者にとっては喫煙しにくい環境となる。施設の禁煙化が実施された場合、屋内に喫煙場所がある場合に比べて喫煙本数が減ること、さらには禁煙を決意する者を増やす効果があることが知られている。
(Stillman FA. JAMA. 1990, 264, 1565-1569. Stave GM. Journal of Occupational Medicine. 1991, 33, 884-890. )
 
また、経済的な面から考えても、喫煙場所から煙が漏れず、かつ、その内部も良好な空気環境を維持するためには、工学的な知識と十分な排気風量(1,200m3/時程度)が必要であることから、仮に、喫煙室を設けて出入口からたばこの煙が漏れない排気風量を設置した場合、かなりの冷暖房のコストがかかるとの試算もある。
 
1 調査結果から
今回の調査から、テナント内禁煙、建物内禁煙、敷地内禁煙を実施している事業場では、それぞれ、特徴のある取り組みがなされていた。空間分煙でなく施設内の禁煙化を実施している事例の調査結果を踏まえ、これから施設内の禁煙化に取り組む事業場の参考になるであろうと思われるポイントについて述べる。
 
(1)施設内の禁煙化を実施する際に事業場で議論された内容
ア 禁煙化に賛成する意見
受動喫煙防止のため。
全く煙が漏れない建物内の喫煙室を作成するには施設の改修など多額の費用とスペースが必要であり、かつ維持費用も必要。
社員の健康の保持増進のために、吸いにくい環境にして禁煙を決意させる。
喫煙者だけが休憩時間が多く、非喫煙者と勤務上の不公平が生じる。
イ 禁煙化に反対する意見
個人の嗜好品を制限するべきではない。
建物内禁煙、敷地内禁煙にしてもルールが徹底できない。
建物内禁煙、敷地内禁煙にすると違反喫煙による火事のおそれがある。
喫煙する場所が遠いと往復に時間がかかり、仕事の効率がおちる。
 
(2)禁煙化成功例について
これまでに施設の禁煙化に成功している事業場では、主として2つのパターンが認められた。
ア トップダウン型
企業の経営者(社長、院長、理事長など)の発案に対し、上記のような賛成・反対の意見が安全衛生委員会や喫煙対策委員会などで検討され、労使の合意が形成された後に、安全衛生委員会により施設内の禁煙化を達成した事例である。
イ ボトムアップ型
健康管理室における禁煙支援の取り組みや従業員からの要望から事業場全体の喫煙対策に発展し、最終的に施設内の禁煙化を達成した事例である。
 
いずれの場合でも、施設内の禁煙化が成功し、また、定着しているのは、繰り返し行われる衛生教育(社内報、ポスター、衛生講話など)、ルールの周知と徹底(喫煙に関する独自のルールづくり、違反に対する罰金、自主的な吸い殻の清掃など)、報奨金の設定などによるところが大きい。
 
(3)実際に施設の禁煙化を実施したことによるメリットとデメリット
ア 良かったと思われる点
社内の空気がきれいになった。
喫煙率が減少した。
休業率が減少した。
仕事の効率が上がった。
禁煙に取り組んでいることで会社のイメージアップにつながった。
        などの意見がみられた。
イ 悪かったと思われる点
敷地外で喫煙することによる会社のイメージダウン。
(対策:会社の制服を着て敷地周囲を清掃することでイメージアップに転換)
接客サービス等では「店舗内を禁煙化した場合に売り上げが落ちる」というおそれから、その実施が躊躇される場合が多い。しかし、実際に店舗内を禁煙化した経営者からは以下のコメントが寄せられており、必ずしも収益は悪化していない。
喫煙する一部の客は離れたが、結局、売り上げは上がった。
客層が変わった。
従業員の受動喫煙がなくなった。
 
2 禁煙のタイプ別による工夫と留意点
施設の禁煙化にはテナント内禁煙、建物内禁煙、敷地内禁煙の3つの場合が考えられる。以下、それぞれの場合についての考え方と工夫、留意事項について述べる。
(1)テナント内禁煙の場合
建物の一部、1フロア、もしくは数フロアをテナントとして使用する占有部分に喫煙場所が無い状態を指す。建物全体が禁煙の場合(事例4)、および、占有部分は禁煙であるが建物内に他のテナント使用者と共用の喫煙場所がある場合(事例3)や喫茶店・飲食店など喫煙できる場所がある場合(事例2)。
テナント内禁煙の注意点として、ビルの空調が集中管理方式である場合には、占有部分が禁煙であっても他社が占有する喫煙可能な部屋やフロアからたばこの煙が空調を通して拡散することが考えられる。ビル全体の空調管理者に問い合わせ、空調を通して受動喫煙が発生していないことを確認せねばならない。もし、喫煙区域の空気が空調をとおして禁煙区域に拡散するようであれば、喫煙場所と禁煙区域の空調を独立させるための改修が必要である。
ただし、喫煙者が禁煙するかどうかという観点からは、テナント内は禁煙であっても同じ建築物の中に共用の喫煙場所がある場合、喫煙の本数は減っても、禁煙を決意する人はそれほど増えないことが予測される。
 
図3-3 集中管理方式のエアコンによるたばこの煙の拡散
図3-3 集中管理方式のエアコンによるたばこの煙の拡散
 
図3-4 エアコンを通じてたばこの煙がフロア内の禁煙場所に拡散しない施工例
図3-4 エアコンを通じてたばこの煙がフロア内の禁煙場所に拡散しない施工例
 
(2)建物内禁煙の場合
屋内には喫煙場所が無く、屋内は全て禁煙である状態を指す。この場合、屋外に喫煙場所を設ける場合と特に設けない場合とがあるが、受動喫煙防止の観点からは、建物から離れた場所に喫煙場所を設けることが望ましい。
喫煙は屋外でおこなう(事例6)。屋外に喫煙場所を設ける場合の注意点を以下に列挙する。
ア 出入口のすぐ外に喫煙場所を設けた場合
喫煙者が出入りするたびにドアが開くため、たばこの煙が屋内に逆流する。また、ドアが閉まっていてもドアの隙間からたばこの煙が屋内に逆流することが過去の調査で認められている。(大和 浩.「受動喫煙防止対策の手引き」第6版.産業医科大学医学部同窓会,2006)(http://tenji.med.uoeh-u.ac.jp/)
 
図3-5 出入り口付近での喫煙
図3-5 出入り口付近での喫煙
 
図3-6 屋外の喫煙コーナーから屋内へのたばこの煙の逆流
図3-6 屋外の喫煙コーナーから屋内へのたばこの煙の逆流
 
イ 喫煙場所の位置
出入口や窓から屋内にたばこ煙が逆流しないように、喫煙場所は建物から十分 遠い場所に離すように配慮せねばならない。特に、軒、雨よけ、ピロティなどの下には喫煙場所を設けないように注意する。
 
図3-7 どの建物からも十分に距離が離された屋外の喫煙場所
図3-7 どの建物からも十分に距離が離された屋外の喫煙場所
 
ウ 喫煙ルール
(ア)屋外の喫煙場所に灰皿を設置しない場合には、個人が携帯灰皿を持参するなどポイ捨てが発生しないようなルールが必要である。
(イ)建物周囲の歩きたばこは屋外における受動喫煙の原因となる上に、ポイ捨て を誘発するので禁止する。
         なお、喫煙者に禁煙を促す効果はテナント内禁煙よりは高い。
 
図3-8 歩行喫煙を禁止することを周知する看板
図3-8 歩行喫煙を禁止することを周知する看板
 
(3)敷地内禁煙の場合
事例12事例13のように敷地内の喫煙場所を一切無くし、敷地内は全て禁煙である状態をいう。喫煙を行う場合には、休み時間や終業時間の前後に敷地の外にまで行かなければ喫煙できないため、喫煙者に禁煙を促す効果は最も高い。また、敷地内禁煙の措置をとっている事業場では、社員の健康の保持増進を目的としており、喫煙者が禁煙することを促すことも期待しているため、衛生教育で喫煙の有害性に関する講演会の開催、喫煙者が禁煙することに対する報奨金の設定、医療機関で禁煙サポートを受けることついての補助を実施している事例もみられた。
20代から50代の勤労世代の喫煙率は男性50055%、女性で10015%であることが報告されている。(http://www.health-net.or.jp/tobacco/product/pd090000.html)
しかし、工場内を平成10年から敷地内禁煙にしている事例12では、平成18年の喫煙率が男性で30%、女性で9%と低い水準であった。
敷地内禁煙を行う場合、喫煙者が休み時間等に敷地の外に出かけて喫煙することがあるが、これについては勤務への影響がない場合に限り、吸殻を捨てないこと、外部の人に迷惑をかけないこと等について十分教育を行ったうえで、喫煙させるべきである。
 
図3-9 敷地内禁煙であることを示すポスター
図3-9 敷地内禁煙であることを示すポスター
 
(4)接客サービス等の場合
サービス業で受動喫煙対策が不十分な場合、換気が不十分な通常の建物内で時間あたり大量の喫煙が行われるため、厚生労働省が定める喫煙室の粉じん濃度の数倍0数十倍高い濃度に達することが報告されている。このような場合には、その施設を利用する顧客の受動喫煙については健康増進法違反となり、また、そこで働く従業員については職業的な受動喫煙という問題が発生する。
 
図3-10 禁煙タイム中および喫煙可能時間帯における飲食店内の粉じん濃度
図3-10 禁煙タイム中および喫煙可能時間帯における飲食店内の粉じん濃度
 
平成15年から平成16年にかけて全国の中小飲食店1200店舗を対象として行われた調査(回収率100%)によると、有効な対策である「全席禁煙」である店舗は1.6%、「完全分煙」である店舗は1.1%のみであった。逆に、「全く受動喫煙対策を行っていない」店舗は81.6%であった。
その後、全席禁煙のチェーンストア(ファストフード店、定食屋など)が増えてはいるが、2004年の調査時点と大きな差はないものと思われる。
このように、レストラン等のサービス業の受動喫煙防止対策は、一般の企業や官公庁に比べて遅れているのが現状である。
しかし、今回の調査において、少ないながらも敷地内禁煙のホテル、全車両を禁煙化したタクシー会社、飲食店で店舗内を禁煙とするチェーン店などの取り組みも認められた。
サービス業の場合、多くの経営者は「売り上げが減少するおそれがある」と考えており、サービス業の禁煙化は遅れているのが現状である。しかし、今回の調査で、禁煙化をおこなっても売り上げは減少していない、という回答も得られていることから、サービス業における禁煙化を促進するためには、経営上の影響についてさらなる調査が必要であると思われた。
 
図3-11 1200店舗の中小飲食店でとられている受動喫煙対策の内容
図3-11 1200店舗の中小飲食店でとられている受動喫煙対策の内容
(中田ゆり.治療,2006, 88, 519-533 )
 
図3-12 全席禁煙であるチェーン店系飲食店の貼り紙
図3-12 全席禁煙であるチェーン店系飲食店の貼り紙
 
3 おわりに 〜これから禁煙に取り組む事業場に向けて〜
これから建物内禁煙、敷地内禁煙に取り組む事業場には、以下の方法を参考にして進めていただきたい。
(1)建物内禁煙、敷地内禁煙に取り組んだ事業場では、デメリットよりもメリットの方が大きいことを安全衛生委員会や喫煙対策委員会などの専門部会で討議し、活動する。
(2)喫煙に関するルールを文書化して周知し、ルールの徹底を図る。
(3)対策を実施するにあたっては、経営トップ、管理者及び労働者がそれぞれの役割を果たして、全員参加で取り組む。
(4)対策の継続のために、その効果が判定できるための数値化できるデータ(喫煙率、休業率、接客サービス業などでは売り上げなど)を追跡する。
 
すでに、建物内禁煙、敷地内禁煙を実施している事業場も稀ではなくなってきており、メリットが大きいことも今回の調査で認められた。特に、施設内が禁煙化されることにより、これまで禁煙を達成できなかった喫煙者が多数禁煙に成功していることが観察された。施設の禁煙化で最大のメリットは喫煙者が禁煙に成功して健康の保持増進に寄与できることであろう。
今後、多くの事業場でも自主的にこのような取り組みが行われることが期待される。
 
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